自転車操業物語 プロフィール
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  第27話    「1999年2月24日“キミは就職できるか?”前編」    
1999年2月中旬。

2ヶ月近く準備を重ねてきたイベントの日が近づいてきた。

場所は、「労働スクエア」という公の会館。そこのホールを借り切っていた。
ホールは、定員が500名で、ちょっとした劇場風のところだ。

当時、お金がまったくなかったパフが、なぜこんなホールを借りられたか?
理由はカンタン。安かったからである。1日借りて、わずか8万円だった。
普通の民間のホールとくらべて、10分の1以下の料金である。

さて、問題はスタッフ。

なんといっても、当時パフにはボクのほかには、経理担当のYさんとパート
の女性しかいなかったのだ。

そこで、学生団体のスタッフにボランティアをお願いすることにした。
報酬はなし。唯一の報酬といえば、交通費のみ。
あとは、昼食の弁当と、打ち上げの時に軽食とビールを振舞うくらいだ。

そんな待遇でも「なぜ?」と不思議なくらいに、我もわれもという感じで、
10名ほどのボランティアスタッフが集まってきた。
ということで、会場とスタッフは、貧乏パフでもなんとかなった。

実際にイベントの中身に登場してもらう出演者。

パネルディスカッションのパネラーとして、企業の人事担当者4名にお願い
した。

おなじみ三菱商事のIさん。メーカーH社のKさん。ソフト開発会社のこれ
またKさん。協賛企業ではなかったが、若くて熱くて、ユニークなキャラク
ターの持ち主、ベンチャー企業P社のUさん。以上4名である。

そして、学生側には3名。1名はちゃんと就職活動を行って、良い結果を残
した女性。しかし、2名は就職活動につまづいてしまい、就職浪人を予定し
ている学生だった(ちょっと人選ミス…)。

もうひとり、学生側のパネラーとして、Jobwebの佐藤孝治くんにお願
いした。厳密に言うと、当時、佐藤君はすでに学生ではなかったが、ボクが
パフを作る前(「登龍門」というサイトを運営していた時)に、同時期に活
動していた学生団体としてのJobwebの印象が強かったからだ。

そしてそして…。この8名ものパネラーを仕切るのが、寺さんだった。
今にして思えば、相当に大変な役割を、寺さんには押し付けたものである。
まー、目立ちたがり屋の寺さんにしてみれば、ヤル気満々な役目ではあった
と思うが。

そうそう、それから、このイベントには、目玉企画として位置づけていた寸
劇の役者陣と脚本・演出家が加わっていた。

名づけて“就職応援劇団パフ”。
ユニークな役者陣3名と、脚本・演出家が練習に励んでくれていた。
(以来、この4名は、3年間パフのイベントを手伝うことになる)

そして、1999年2月24日。
ついに、イベント“キミは就職できるか?”の本番の日がやってきた。

緊張して、朝早く目がさめると、外は雨。
天気予報によると、午後から暴風雨といってもいいほどの大雨になるらしい。

なんとなく不吉な予感が漂う、イベント当日の朝であった。

(大丈夫?…つづく)

 
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