2000年9月14日午前10時。
ボクと内定者のフルカワは、用賀駅の出口にいた。
「フルカワ!SS社はどっちだ!?」と語気を荒げて聞くボク。
「く、クギサキさん、こ、こっちです」と、地図を片手に、指差すフルカワ。
「よし、走るぞ!」と、ボクとフルカワは、少しでも遅刻時間を挽回しよう
とSS社に向かって走り出した。
9月の中旬とはいえ、この日は朝から天気がよく非常に暑かった。
30度を超える真夏日であった。
その炎天下、10分近く小走りを続けた。
しかし、SS社らしき建物はいっこうに見えてこない。
それどころか、会社街っぽくない、住宅地が広がっている。
「お、おい、フルカワ!ほんとにこっちなのか?道、間違ってないか?」
「え、そそんなことは…。ちょちょっと待ってください」と地図を横にし
たり逆さにしたりしながら、睨めっこしている。
「もういい、地図をよこせ!」と、ボクは地図をフルカワから取り上げた。
SS社の住所と、現在我々がいる場所の住所の表示と、地図を見比べた。
ボクは唖然とした。
「お、おい、フルカワ、ぜんぜん違うじゃねぇか!!
SS社は駅から正反対の場所だぞ!!!!」
すでに10時10分。
駅から正反対の方向に、10分間走り続けていたのだ。
アポイント(約束)の時間は、午前10時。
これから、SS社に走って向かっても20分かかってしまう。
30分の大遅刻だ。
「フルカワ…。初訪問でこんな大遅刻。きょうは商談にならん。
ひたすらお詫びだ。覚悟しろ。まずは電話だ!
電話して、お詫びしろ!30分遅刻しても会っていただけるか確認しろ!」
フルカワは顔面を真っ赤にしながら、SS社のNさんに電話した。
「く、クギサキさん。大丈夫です。会ってくださるそうです」
「そ、そうか。じゃぁ、もうひとがんばり走るか…。
もうこうなったらしょうがない、行くぞ!」
あまりの自分たちの馬鹿さ加減に、もう怒りというよりも、呆れて笑いが出
てくるほどだった。
そして、午前10時半。
約束の時間より30分遅れて、SS社に到着した。
受付で担当のNさんを呼び出し、ボクとフルカワは、玄関脇にある椅子に腰
掛けてNさんを待った。
ボクはこの日、青いシャツを着ていたのだが、襟元が汗でグッショリ。すっ
かり、濃紺に変色していた。
フルカワも化粧が剥がれ落ちるほどに、汗が顔から噴き出していた。
「フルカワ、Nさんが出てきたら、まずは目一杯頭を下げてお詫びするぞ、
いいな!」
「は、はい……」。フルカワは、もう目が虚ろになっていた。
ほどなくしてNさんが玄関ロビーに現れた。
縦にも横にも、ビッグ&ワイドな、ひとことでいえば「デカイ」人だった。
ボクとフルカワは、椅子から飛び上がり、Nさんに、「約束の時間をこん
なにも遅れてしまい、申し訳ございません!!」とそろって頭を下げた。
「いえいえ、午前中は用事がありませんでしたから…」と穏やかにNさん。
Nさんは、汗びっしょりの2人の姿を一瞥し、一瞬ちょっと考えたようだった。
そして…。
「まぁまぁ、じゃ、とりあえずは、こちらへどうぞ、暑かったでしょ?」
と、ニコニコ笑いながら、ボクとフルカワを、ある部屋に連れていってく
れたのだった。
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