「あ、どうもいらっしゃいませ!」
SS社のNさんは、玄関ロビーに不意に現れた。縦にも横にも、ビッグ&ワ
イドな、ひとことでいえば「デカイ」人だった。
ボクとフルカワは、椅子から飛び上がり、Nさんに、「約束の時間をこんな
にも遅れてしまい、申し訳ございません!!」とそろって頭を下げた。
「いえいえ、午前中は用事がありませんでしたから…」と穏やかにNさん。
Nさんは、汗びっしょりの2人の姿を一瞥し、一瞬ちょっと考えたようだっ
た。そして…。
「まぁまぁ、じゃ、とりあえずは、こちらへどうぞ。暑かったでしょ?」
と、ニコニコ笑いながら、ボクとフルカワを、先導してくれた。
廊下を通って、階段を下りていく。ちょっと薄暗い、地下に続く階段だった。
「ま、まさか、遅刻をした罰で、牢獄に放り込まれるのでは……」などとは
さすがに思わなかったが、「いったいどこに連れて行くんだろう」と思いな
がらNさんの後を、ボクとフルカワは、トボトボとついていった。
「さ、どうぞこちらにお座りください。まだ暑いでしょ?
どうぞ上着を脱いでゆっくりしてください」
とNさんに通されたのは、なんとSS社の社員食堂の丸テーブルだった。
「えっと…、冷たいのがいいですよね?アイスコーヒーでいいですか?」
Nさんは、ボクとフルカワが腰掛けると同時に、カウンターにアイスコーヒ
ーを注文してくれた。
正直言って助かった。
なんたって炎天下30分間、走りっぱなしだったのである。
もう熱中症寸前で、水分を補給しなければ、ぶっ倒れそうだったのだ。
「さ、どうぞどうぞ」
出てきたアイスコーヒーをNさんは勧める。
ボクは遠慮なく、ストローの袋を引きちぎり、シロップもミルクも入れずに
グラスにストローを一刺し、ぐいッぐいッぐいッと、一気に飲み干してしまっ
た。
フルカワに目をやる余裕もなかったが、彼女のグラスを横目で見ると、やは
り、もう氷しか残っていなかった。
「あれ~、パフさんって、月島なんですか?へぇー奇遇ですね、僕は勝どき
に住んでいるんですよ。っていうことは、歩いても行ける距離ですね」
Nさんは、ボクたちの名刺を見て、こう切り出してきた。
それからしばらくは、仕事の話などそっちのけで、パフが創業から今に至る
苦労話や、実はフルカワはまだ内定者で、会社にはまだ他の内定者3名がい
るということや、営業活動をやっているのは、何を隠そう、この内定者の4
名のみであること、その内定者の仕事振りは、きょうの大遅刻にも代表され
るとおりムチャクチャであることなどを、面白おかしく説明した。
こっちは大遅刻の引け目があり、売り込みの話しなどするつもりはなかった。
開き直って、あるがままの正直なパフを、Nさんに語ったのだった。
今思えば、この日のSS社への大遅刻と、この食堂でのアイスコーヒーを飲
みながらのサックバランなひとときが、その後の運命を決定付けたのかもし
れない。
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