僕が人形劇団に入ったきっかけにもなった当時の先輩(大学4年生)に、クス
モトさんという女性がいた。鹿児島出身の人で、同じ九州出身の僕を可愛がっ
てくれた人だ。
そのクスモトさんが住んでいた下宿のそばに、クスモトさんが家庭教師をして
いた小学生がいたのだが、その小学生の家庭教師を、僕にやってみないかと言
われた。
僕は大衆割烹のアルバイトで生活費を稼いでいたが、十分な給料ではなかった
こともあり、「日曜なら店も休みなので出来ます!ありがとうございます!!」
とクスモトさんに感謝しながら答えた。
4月下旬の日曜日だった。
その家庭教師先の小学生と面談したあと、近くにあったクスモトさんの下宿に
寄らせてもらった。
一人暮らしの女性の部屋になんか入っていいんだろうか!?
などという躊躇する気持ちはほとんどなく(苦笑)、ずけずけと入り込んだ。
6畳一間の部屋だった。中央に小さなテーブルがあり、壁際には綺麗に整理さ
れた本棚があった。
淹れてもらったコーヒーをすすりながら、本棚を眺めていたときだった。
「クギサキくん、この漫画、知ってる?」
渡された一冊のコミック本のタイトルは、『浮浪雲(はぐれぐも)』。
小学館のビッグコミックオリジナルに連載されていたジョージ秋山氏の著作だ
(注。いまでも連載されています。1975年から連載されているので、30年も続
いている超大作ということになります)。
ビッグコミックオリジナルというコミック誌は、主にサラリーマン層を対象と
した雑誌だったこともあり、僕は『浮浪雲』の存在をこのときまで知らなかっ
た。
「じゃぁ、これ、クギサキくんにあげるよ。全部で10巻あるから、持てるだ
け持って行っていいよ。いまのクギサキくんにぜひ読んで欲しい本なんだ」
「へぇー。そんなに面白いんですか?楽しみだなぁ…」
その日の夜、僕は自分の下宿で全10巻を読んだ。そして全身が震えた。涙が
こみ上げてきた。今までに経験したことのない感動を覚えたのだった。
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