1983年4月。リクルートで営業の仕事を始めて3ヶ月が経っていた。うら
らかな春の訪れとともに、深い地中に潜っていた僕の営業成績も、にょきにょ
きと地上に芽を出し始めていた。
日本橋の毛皮会社V社の女社長Aさんと知り合ったのは、ちょうど僕が調子に
乗りはじめた、そんな頃だった。
その会社は毛皮の輸入販売を手がけており、規模こそ小さいものの、新卒者の
採用や教育にも力を入れていた。
最初の受注は、社員研修の商品だった。入社したばかりの新入社員を対象とし
た公開コースの研修を請け負ったのだ。1名あたり10万円程度の商品だった
ので、50万円くらいの売上げにはなっていたと思う。
自分で言うのもなんだが、僕はA社長にケッコウ気に入られていたようだ。A
社長は推定40歳前後。当時22歳の僕は、A社長の母性本能をくすぐってい
たのかもしれない。
ある日、このA社長から相談を持ちかけられた。相談というのは、「毛皮の社
内販売」をリクルートの本社内でやってもらえないだろうか、というもの。通
常の半額以下で販売するので本社の総務にかけあってほしい、というのだ。す
でに季節は春なのに毛皮の販売…。要するに、冬の売れ残り品を一掃するのが
A社長の目的だった。
「クギサキ君、お願い!!」とA社長。
頼まれたら断れないのが、当時の僕の悪いところ。営業所に戻って、所長に相
談してみた。
「バッカだなぁ、あいかわらずおまえは……。毛皮の社内販売だなんて、そん
なの聞いたこともないよ。しかもV社とは、50万円くらいの取引しかないん
だろ?5千万円の客からの要望ならまだ分かるけど……。ま、おまえの兄ちゃ
んにでも相談してみなよ」
所長は呆れ顔でそういう。僕はメゲズに、すぐに本社の総務部にいる兄に電話
してみた(注:「兄」とは、僕の実兄で、この時入社4年目の若き総務人事マ
ン。僕をリクルートに誘い込んだ人物である)。
○兄「え、毛皮の社内販売?? おまえ、いったい何やってんの?」
▼僕「い、いやー、色々あって…。銀座の本社で、なんとかやらせてもらえな
いかなぁ……」
○兄「ま、ムリだな。そんなことより、自分の営業成績伸ばすことにアタマ使
えよ!!(ガチャッ)」
しょせん兄弟なんて、そんなものだ。頼めば何とかなると思った自分が甘かった。
翌日僕は、V社のA社長に、総務のOKが出なかった旨を伝えた。するとA社
長は「うーん残念だけど、でもクギサキ君、頑張ってくれたんだよね。ありが
とう♪」と、笑顔で許してくれた。
僕はなんだか申し訳ない気持ちになり、次の台詞が思わず口から飛び出した。
「A社長!神田営業所の中だけだったら、なんとかなるかもしれません。
どうですか?」
・・・あーあ、言っちゃった。
(後編につづく)
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