O社長は、初めて会った僕に「会社案内の制作」という大仕事を任せてくれた。
「じゃ、クギサキさんにお願いすることにしますわ」
O社長の発注のコトバは「リクルートさんに…」ではなく、「クギサキさんに」
だった。あまりの突然の言葉に、僕はただただビックリ仰天するばかりだった。
何のアポイントもなく飛び込んできた無礼な営業マン。しかも、いかにも素人
丸出しの頼りない営業マンの僕に、どうしてこの社長はいきなり200万円も
の仕事を発注しようだなんて思ったのか。
受注したときは、嬉しさのほうが先に立って疑問にも思わなかったのだが、後
で冷静になって考えてみたら、ありえない話である。
後日、O社長とお茶を飲みながら雑談する機会があった。そこで僕は、O社長
に聞くことにした。
●クギ「あのー、どうして社長は、あの日僕に、仕事を任せるって言ってくだ
さったんですか?」
▽社長「いや、実はね……。私にもクギサキさんと同じ年頃の息子がおりまし
てね。去年、大阪のある会社に就職したばかりなんですわ」
●クギ「は、はぁ」
▽社長「うちの息子も企業向けの営業をやっててね。しかも慣れない一人暮ら
しをしながら……。毎日毎日、苦労しとるらしいんです」
●クギ「そ、そうなんですかぁ」
▽社長「あの日、うちの人事課長にクギサキさんが粘りながら一生懸命営業し
ている姿を眺めていたら、うちの息子の姿と重なって見えてきて、黙っておれ
なくなったんですな」
●クギ「それで、商談に割り込んで来られたんですね…」
▽社長「はい、それでクギサキさんと直接話をしてるうちに、ますますクギサ
キさんのことが息子に見えてきましてね。思わず『任す』って言っちゃったん
ですな。親バカで恥ずかしいんですが(笑)」
・・・O社長は、とても優しい父親の顔をしていた。この話を聞いた僕は、
ぶるぶるっと感動に震えていた。
そんなことって世の中にはあるものなんだ……。仕事の世界の不思議さと面白
さを、初めて感じた瞬間だった。
O社長からいただいた、まさに感動の初受注。この日を境に、僕は徐々に
「売れる営業マン」に変身していくことになった。
33番目の出会い。一生に一度しかない初受注の仕事をくださったO社長の
お話でした。
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