1998年1月5日(月)。
パフが生まれて第1回目の仕事始めの日である。
「さーて、いよいよ始まったな。なんとかこの会社を、いっちょまえの会社にしな きゃーな。よっし、がんばるぞっ!」
なんたってパフには社長であるボク以外には2人しかいない。
うち一人は、10年も一緒に過ごしているカミさん兼経理担当のYさん。
もう一人は、過去3年間、サラリーマン時代に一緒に仕事をしてきたシステム担当のOくん。
この弱小メンバーで、できることから始めていかなければならない。
パフは当初から、「就職情報提供サービス」を、独自のスタンスで行う会社になろうと思っていた。収益源は、新卒採用を行う企業から頂戴する「情報掲載料」つまり採用広告費である。
しかし、このときパフには、情報を載せるべき媒体(メディア)がなんにもなかった。もちろんWebサイトを構築することは計画していたが、NTTの手続きやら何やらで、開通するまでにはあと1ヶ月以上かかるという。
釘 : 「うぅん、それじゃー早くてもサービスが開始できるのは2月下旬からかぁ。
Oくん、どうしようか。この時期からサイトを立ち上げたとしても、
企業は広告費なんか出さないだろうなー…」
O : 「そうっすねぇ。とりあえず、企業の採用ホームページの制作の仕事とか、
とにかく何でも仕事になりそうなものを受注しながら食いつなぎますか?」
98年のこの時期に提供する就職情報というのは、「99年4月入社」のための情報である。ほとんどの就職サイトは、年末くらいまでに、企業への営業活動を済ませており、サイト上にはいろんな会社の採用情報が掲載されていた。
無論、企業の広告予算は大半が消え去っており、新参者のパフが就職サイトを立ち上げたとしても、この中途半端な時期からでは、収入はあまり期待できない状況だった。
釘 : 「そうだなー。じゃぁ、とりあえずはツテのある会社を、俺明日から回って
みるよ。そんで仕事になりそうな話がないかヒアリングして来るよ」
なんとも頼りない社長兼営業マンである。
が、なんとか早めに仕事を取ってこないと、じきに資金が底をついてしまう。
ちなみにパフ設立時の資本金は、1130万円。
なんだか、たーくさんお金がありそうな錯覚に陥りそうであるが(事実ボクは陥っていた!)、この時すでに、半分以上のお金の支出が決まっていた。
事務所の椅子・机・電話・コピー・FAX・パソコン、もろもろの家具・備品、それからWebサイト構築のためのサーバーや回線費用…。
あっという間に、数百万円のお金が羽をはやして我々の手元を飛び立とうとしていたのである。
おまけにやめときゃいいものを、「会社案内」をいっちょまえに発注してしまった…。
ワープロで済ませておけばいいものを、
「やっぱり会社の顔だからな、カッチョいいの作らないとな」
ということで、プロのデザイン事務所に発注してデザイン制作してもらい、配る先などたいしてないくせに、数千部もの印刷を発注してしまったのだ。
#この制作・印刷費は痛かった!
#これがトラウマなのか、パフはそれ以来、会社案内を作っていない…。
いろいろ計算すると、このまま収入ゼロが続いたとしたら、4月には資金ショートしてしまうことが判明した。つまり“会社倒産!”
「なにー!たったの4ヶ月で倒産!?」
「ま・まずい、本気で仕事すぐにとってこなきゃ!」
すぐさま、電話に手を伸ばし、会ってもらえそうな会社の人事担当者に片っ端からアポ取りを行うボクであった。
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