2000年10月18日(水)。もう夜の9時を回っていただろう。
NA社から、「協賛契約」の初受注をもらったヨシカワは、月島の事務所で
ボクの帰りを待っていた。
ボクはこの日、大学で就職講座を行っており、その帰り道、講座で一緒だっ
たNM社のHさんと、赤坂で軽く一杯ひっかけていたのだった。
ヨシカワの
「クギサキさん。や、や、や、やったんです!NA社、パフの協賛企業に
なってくださるそうですぅぅぅ!!!!」
という、突然の受注報告の電話を受けて、ボクは急きょ月島の事務所に引き
返すことにしたのだ。
ボクだけではない。
一緒に飲んでいたNM社のHさんも、一緒に引っ張ってきてしまった。
事務所に入ると、喜びにあふれたヨシカワがいた。
「おぉーーーーっ、ヨシカワ、やったなぁぁぁ、おめでとう!」
「はい、ありがとうございます!」
ボクとヨシカワは、がっちりと握手をした。
8月1日から開始した内定者研修。すでに2ヶ月半が経過していた。
「内定者研修」といえば聞こえはいいが、実態は、正真正銘の営業活動。
しかも、まるっきりの新規取引企業へのアプローチを行う営業だった。
NA社からの受注で、内定者の新規受注は2社目となった。
1社目は、1ヶ月前。フルカワがSS社から、電撃的な契約をもらっていた。
ヨシカワは、口にこそ出しては言わなかったが、「フルカワに先を越された」
という焦りと、「もうこのまま、どこからも契約が取れないのではないか…」
という不安とで、いっぱいだったろう。
それだけに、このNA社の受注は、ボクもとても嬉しかった。
ボクが嬉しかったのはそれだけではない。
NA社への営業活動は、ヨシカワが、最初から最後まで、全部一人でやっ
てのけた。ボクの助けは、一切借りていない。
ボクはそのことが、自分のことのようにとても誇らしく、嬉しかったのだ。
「内定者に営業させるなんて、とんでもない会社だ!!」。
営業先の人事担当者から、そんなお叱りを受けることもあった。
少なからずボクも、その批判には心を痛めていた。
しかし、そんなことは、このNA社からの受注で吹っ飛んだ。
内定者だからこそできる仕事。提供できる価値があるのだ。
ボクとヨシカワと、(赤坂から引っ張られてきた)NM社のHさんと。
一緒に月島にあるスペインクラブという、ワインの美味しい店に行って祝杯
をあげた。短い時間だったが、おそらくヨシカワにとっては、一生忘れるこ
とのできないワインの味となったろう。
……
ここからは、物語を離れて余談。
先週のメンバーメールを配信した直後のこと。
NM社のHさん(今は人事から離れている)が、先週の物語を読んでくださっ
ており、「ついつい嬉しくなって返信しちゃいました!」と、メールをくだ
さった。
#Hさん、あの日は、急にお付き合いいただき、ホントにありがとうござい
ました。ヨシカワも、Hさんがいて、びっくり仰天していましたね(笑)。
また、ヨシカワに初受注を与えてくださった当事者…。
NA社のKさんからも、とても感動的なメールをいただいた(Kさんも、今
は人事から離れており、パフとの仕事上のお付き合いは、なくなってしまっ
ている)。
そのKさんからのメールを、一部抜粋してご紹介しよう(Kさんからは、快
く、ご了承いただいています)。
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> (吉川さんに)最初にお会いした時は、
> まだ学生さんだというのにずいぶんとしかっりした方だと思いました。
> 私はどちらかと言えば人見知りをする方なのですが、
> 吉川さんの独特のキャラクターで、非常に話しやすかったことを覚えてい
> ます。
(中略)
> 第一印象はそんな感じでしたが、その後もこちらからの無理難題にもかか
> わらず、いつも笑顔で答えてくれ、ちゃんと対応していただきありがとう
> ございました。
(中略)
> (吉川さんは)パフという会社や、3年前のパフの状況、また釘崎さんの
> 存在で少しずつ磨かれたのかもしれません(就職の選択が正しかったと言
> うことですね)。
> 本当に2年間ほどの間でしたが、吉川さんのおかげで楽しく採用の仕事が
> 出来たことを感謝しています。
> 私も現在では採用の仕事を離れていますが、パフさんや吉川さんの活躍を
> 陰ながら応援していきたいと思います。
> また、何かありましたら近況をお知らせ下さい。
NA社Kより
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