1990年、夏。H社に転職して3ヶ月ほど経った頃だった。僕はある商品の企画を行うハメになった。
前回も書いたが、H社は、企業の人事向けに適性検査の診断サービスを提供する会社だったのだが、それだけではあまりに売上の規模が小さかったため、新商品の開発が望まれていた。
どういう経緯だったのかは不明だが、未だ開発にさえ着手していないのだけれど、既に販売されていることになっている商品がH社にはあった。
「パソコンで運用できる『人事情報システム』」が、それだ。
当時は、NECのPC9801シリーズというパソコンが、全盛を誇っていた。大袈裟ではなく本当に、NECがパソコンの市場をほぼ独占していたのだ。現在のパソコンメーカー間の熾烈な競争を考えると、信じられない状況だった。
そのNECでは、PC9801用にソフトメーカーから提供されているアプリケーションソフト(業務用ソフト)を紹介したカタログを制作していた。
このカタログは、日本中のコンピュータ販売会社やパソコンショップや一般企業のシステム部門に無料で配布されており、PCソフトの導入を考えている人は、必ずといっていいほど読んでいたカタログだ。
H社はこともあろうに、存在もしていない商品、『人事情報システム』を、このカタログに掲載していたのだった。
そんなこと聞いていなかった僕は、ある日の客からの問い合わせ電話にうろたえることになる。
客:
「あのね、NECのカタログを見て電話したんだけど、オタクの『人事情報システム』の詳しい話しを聞かせてくれないかな。デモとか出来るの?いちど説明しに来てくれる?」
釘:
「は、はぁ、『人事情報システムですか??』。あ、ありがとうございます。で、では、来週の○○日に伺うことにします」
こんな感じで、問い合わせてくれた会社には、とりあえず訪問することにしたのだが……。
当時の上司に「『人事情報システム』の問い合わせなんですが、そんな商品ありましたっけ?」と聞くと、「実は無い。作りたいとは思っているんだが企画できる人が誰もいないのでまだ無い」と、きっぱりという。
「まだ無いのにカタログに載せてどうするんですか?お客さんから問い合わせが来ちゃったじゃないですか…」と文句を言うと、「問い合わせが来たら真面目に考えようと思っていた」と答える。
「誰が考えるんですか?」と聞くと「クギサキ君だよ。そのために社長はキミを採用したんじゃないのかなぁ……」と居直られる。
その後、社長にも確認したら、「そうか。じゃ、作ろう作ろう。クギサキ君できるだろ?よろしく頼むね」という楽天的な指示。
なんていい加減な……。と思ったが、転職したばかりの会社では反論することもできず、とりあえず、『人事情報システム』なるものは、いったいどういうものであるべきなのかを考えることにした。
が、そんなものイメージできやしない。
「そうだ!」
いい考えが浮かんだ。問い合わせしてくれた会社に、実際にこのシステムで、どういうことをやりたいのかを聞けばいいんだ。まずはオーダーメイドで請け負って、それを汎用化したパッケージにしていけばいい。まさに一石二鳥だ。
我ながら妙案だと感心しながら、翌週、その問い合わせ客に訪問することにしたのだった。
(つづく)
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